講師は、社団法人倫理研究所 瀧住寿彦 法人スーパーバイザーでテーマ「倫理運動の草創期」で講演していただきました。
今日は、幹部研修テキスト5ページの「倫理運動の草創期」を詳しく説明していただきました。
倫理運動の創始者は、丸山敏雄先生でありますが、他界されるまでの6年間で全てを構築されました。お話をお聞きして驚いたしだいです。
昭和20年に倫理を全国に教えようと思い立った。
昭和20年9月2日に「夫婦道」を説かれスタートしました。
昭和21年12月29日に倫理運動5ケ年計画を策定されました。まさに、他界されるまでが5年間でした。
昭和22年9月に「文化と家庭」の小冊子を5000部印刷して一部20円の価格で上野駅前で頒布が始まりました。「文化と家庭」は、現在の「新世」であります。
なかなか売れないので、上野駅前で演説をされ少しずつファンが出来て、一日200から300部売れるようになりました。
昭和24年2月10日に「志友協議会(しゆうかい)」がスタートしました。全国4ケ所で時間を決めないでスタートしました。
昭和24年10月1日から時間を決めた「朝起会」が上野、銀座、市川でスタートしました。この時に、万人幸福の栞が完成しました。
昭和26年12月14日に丸山敏雄先生は、死亡されました。
たった6年間で倫理運動の礎をつくられました。
丸山敏雄先生が亡くなる時に弟子たちに最後の言葉が素晴らしいです。
それは「いそぐな先のことを心配するな。自然にまかせて処理せよ。これでよい、喜べ。」と言って亡くなられました。


